ある映画を観て昔(21歳の頃)2ヶ月ほど入っていた精神病院の閉鎖を思い出してしまった。
そこは今では近代的になっているようだけど
当時はけっこうガタがきているような建物で、
退院してみて判ったことだが、
外見はまるで刑務所のように鉄格子が外から丸見えだった。
個室と言ってもガラス張り。
トイレにもちろん鍵はなく、おまけにドアの上下は15センチづつほど開いているしくみ。
水洗ではあったが
そんな環境のトイレが部屋にあり
そこで食事もするのだから
糞も味噌も一緒状態。
大部屋の前に行くと、常に糞尿の臭いがしていて
そこは痴呆の老人も収容していた病棟だったので
精神を病んで入ってくる人だけではなく、家族から疎まれて追い遣られた老人も多くいた。
そんな環境でも、窓から見える桜の花の綺麗さには慰められた。
雨の桜もまたいいな、としみじみおもったのも初めてのことだった。
いわゆるODで救急から内科経由で精神病院送りになったわたしは
今回観た映画の内田さんと似た部分もあり
世の中、紙一重だな、と痛感させられた。
そこで働く医者や看護師、当事者の家族、もろもろその周囲にさすらう人々は
多かれ少なかれ皆、それぞれに病んでいた。
そのシステムに添えない人間が放り込まれる閉鎖病棟。
語弊があったかもしれない。
患者の家族や精神科医全てが病んでいるという意味ではなく
人は皆、病んでいるという意味だ。
人類、皆、病んでいる。
その頃のわたしは運悪く、ある性病にも感染していた。
母は言った。
「エイズじゃなくてよかったよね」
なんだか興ざめした。
父はこんなわたしを恥じただろう。
退院後も明らかに距離を置かれていると感じた。
その頃の風俗店では「生」が通常だったのだ。
だからピルを飲み、婦人科で定期検査を受けつつの仕事だった。
でも運よね。
いい人はかからないし悪い人はかかっちゃう。
そんな性病。
まぁそんな環境に身を置いて平然と飯の種にしていたわたしは既にその部分で
病んでいた、といわれても仕方がなかろう。
それが世の中のシステムなんだから。
システムにうまく乗れないと人はあぶれてしまう。
無理やりにでも演じてでも乗り切らないと、足をすくわれる。